短編小説「罰金」
「んッッッ!!?」
焦って左腕を確認する。よかった、ちゃんと付いている。ミアにチェーンソーで襲われ左腕が落ちたと思ったが、夢だったようだ。
昨日バイオハザード7をやりながら、途中で疲れて寝落ちたせいだ。多分夜中の4時くらいに寝たと思う。だから今、昼の12時なのか。
だがこれからの体験は、本当の悪夢は、夢よりも奇なりということである。
今日こそは市役所に行かなければならない。転入届を出さなければいけないのだ。ちなみに今住んでいる地域に引っ越したのは去年だ。次の休みの日こそは行かなければ、と、気がついたら1年が経っていた。おそらくコロナウイルスのせいである。
転入届を出しに行く前に、事前に、市役所に持参すべきものを確認するために電話をかける。これは僕が情弱で、ネットで調べる能力がないからではない。前回住んでいた多摩市役所に転出届けを出してから、1年が経過しているためである。厳密に言えば、”1年前に転出した記録”しか残されていないからである。
ーーーーーーーーーーーーーーー1週間前
多摩市は無駄に暑い。しかも最寄りの駅から市役所まで15分ほど歩かなければならない。あそこのコンビニの日陰で大きな荷物を置いて、立ち止まっている老婆は大丈夫だろうか。僕が1年前引っ越しなんてしなければ手を差し伸べているところだが、今日は難しい。すまん。
今日はこれから大きな駆け引きがあるのだ。今作戦を練っている。
ことの発端は、ちょうど1年前に多摩市から引っ越したことだ。
普通、引っ越しの前後1週間に住んでいた地域へ転出届けというものを出してもらい、その転出届けが発行されてから1週間〜2週間以内に、次の居住地の役所に提出しに行かなければならなく、期限が切れると再度転出届けもしくはそれと同等の書類を発行してもらう必要がある。
ただ僕はその期限を1年も過ぎてしまっている。これをどうにかしてあたかも今、最近引っ越したことにできないかと戦略を練っているのである。
しかし考えてもみたが、正直大した戦略は思いつかない。とりあえずは明日引っ越すことにして、もし突っ込まれたら以前に発行したことを忘れた、いや、発行などした記憶がないというスタンスでいこう。これが教育関係に従事する人間である。だから人は見た目や肩書き信じてはいけないのである。
多摩市役所に到着し、転出届出の申請書を書き、番号札を取る。314番。
にしても市役所はどこもだいたい治安が悪いイメージがある。今日も危なそうな人が来ている。50代くらいセーラー服を着たおじさんがいる。大事なことだから言っておくがこれは盛っていない。しかも髪型は金髪で一部赤髪っぽくなっている。今にもオシリスの天空竜を召喚しそうな勢いだ。多摩市から引っ越して正解だった。
20分ほどセーラ服の短いスカートを観察していると、314番が呼ばれた。
引っ越すので、転出届けを出して欲しいと伝えた。担当している人ははなはだしく美しけり。美しくて古語が出てしまうほどだ。いつも思うが事務系の人はなぜこんなにも偏差値が高いのか。うちの会社のバックオフィスもそうだ。事業部側にも分けて欲しい。
役所の方が僕の申請書に目を通した時間、約30秒。開口一番に聞かれたのはこの言葉だった。
「お客様、転出届けの手続きは今回が初めてですか?」
、、、バレた。華麗にバレた。転出届け虚偽申請発覚案件としてはギネスに載るかもしれない。
ただ分かってて日程を変更しているのはバツが悪いので、ここはシラを切ろうとおもう。
「いえ、出してないと思いますね、、記憶にはないです」
おそらくこんなに何のためらいもなく嘘をつけるようになったのは、4歳の時に壁に落書きをしたことを、2歳の妹のせいにした時からだと思う。習慣とは怖いものだ。ちなみにその時もすぐにばれた。
「なるほど、、、確認してきますので少々おまちくださいね。」
結局、僕が記憶障害の人であるということで、多摩市役所では話はまとまったようだ。
転出届けを1年前に一度発行していることは覆せないらしい。しかも、1年間経っているからなのか、僕が記憶障害を患っているからなのか、再発行はできないらしく、多摩市には住んではいないという「除籍書」というのをもらった。
これを持って転入手続きをしろとのこと。
この場合の転入手続きは特殊なので、手続きに行く前に電話で何が必要なのか確認してからの方がいいです。と助言をいただいた。この日は結局除籍書と、マイナンバーカードに穴を開けられて終了した。今度こそ1週間以内には転入届の手続きに行かなければならない。
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あれから1週間経った。今日こそは行かなければならないのだ、市役所に。
電話で事情を説明する。
必要な書類を確認して、準備を整える。持参するものの説明を受けている際に、電話先でこんなことを言っている。
「多分可能性は低いと思うんですけど、居住されてから6ヶ月以上届出がない場合は、5万円以上の罰金が科せられるかもしれません」
「承知しました。」
すんなり受け入れ、いかにも「ま、知ってたけどね」みたいな対応をして電話を切ったが、実際は、驚愕 of 驚愕。King of 驚愕。驚愕 of the year。である。
5万!?
1年延期してしまったがために、5万。
1年間は365日なので、時間に換算すると8760時間
つまり1時間に5円も失っていたのか。いや、そう考えると安いか。5円で1時間、ダラダラする猶予を買っていたということになる。こういう考え方をする奴がタバコを辞めれないのだろうか。だがタバコを辞めたところで転入届は出しに行かないのである。
5万円は痛いが、また一年延ばして10万円になるのは避けたいので、払う覚悟で向かうことにする。
そして雨が降っている。僕がうまくいっていない時はいつも雨が降っている。晴れろ。
チャリに乗って15分で到着することろを、30分かけて向かう。つまり道に迷っていた。雨が降っていたからな。
市役所に到着し、転入届申請書を作成し、番号札を取って待つ。ここでは5万のことしか頭にないので、番号は覚えていない。
ここでもなにやら声を荒げているおじさんがいる。市役所はどこも治安が悪いというエビデンスを2つも見つけてしまった。これはもう真理である。卒論くらいなら書ける。
窓口のおばちゃんに事情を説明する。多分この方も若かりし頃はいと美しかるべし。
除籍書しか発行してくれなかったことに対して不満を漏らしていたら、「再発行してくれればいいのにねぇ」と共感してくれている。「これだから多摩市は、、、」と言わんばかりの顔をしている。この人は見方である。名前くらいは覚えようと思ったが、名札がない。つけろ。
電話でも言われた通り、転入届の遅延についての書類のようなものを渡された。実際に住んでいた日、遅延した日数、遅延理由などを記載する書類である。
『住民基本台帳届出期間経過申述書』という書類である。明らかに悪いことした人が書きそうな書類だ。
ついに罰金を払う日が来るとはおもってもみなかった。
中学生の頃トイレの壁に穴を開けてしまった時もなんとか逃れて修理費を出さなかったが、社会人とは厳しいものである。
ついに申請書を書き終わり、用意していた5万円も出そうとしていた時、窓口のおばちゃんがとんでもないことをいい出した。
「申述書の遅延理由のところ、なんかないの?コロナとか、在宅勤務とかで家出られなかったとか、できるだけ書いておいていいよ、そしたら罰金は科せられないから。」
この人の正体は、ディアンケトだったのだ。1000ライフポイントどころか、5万ライフポイントも回復させてくれるのか。
前述した通り、僕は息を吸うように嘘をつくように4歳の頃からプログラミングをされている。遅延理由のそれっぽいことなどいつでもかけるのだ。
しかも、今回は嘘ではない。コロナで世の中は大変なので、僕もちゃんと感染拡大防止のために家で大人しくしていたのだ。今思い出した!
会社も在宅ワークが主流になっている。家に出てはいけないのだ。遅延したのはうちの会社の社長が原因ともいうことができる。
遅延理由の項目だけびっしりと書かれた申述書を書き終え、今回は罰金を免れることができた。外をみると、晴れている。
マイナンバーカードと住民票の発行に1時間半そのあと待たされたが、7.5円くらい大したことない。
マイナンバーカード申請に必要な写真を撮る時間はもったいいので、家に帰ってWeb申請で提出することにして、今回は帰宅することにした。
写真は早めに出してくださいと言われたが、あれから1週間経ったし、そろそろ出した方がいいと思っている。今日はこの小説作成でエネルギーを使ったので、明日にでも提出しようと思う。