【異文化理解】とかいう今生過去未来いつの時代でも聞こえがいいこの言葉
異文化理解という言葉はほんとにいつでもどこでも正義感あふれる言葉ですよね。
正義感の強い僕はこの正義感あふれる言葉を体を張って体験しています。この約一か月ちょっとで価値観が拡大した経験を紹介したいと思っています。いや紹介したいです。させてください。
ベトナムの信号機はただの飾り
ベトナムの交通事情に関してはもうめちゃくちゃです。通れる道があるなら構わず直行。事故を起こさなければなんでもありです。
バイクは運転が上手い人が運転すればいい。免許がなくても事故らなければ問題ないです。
なぜ問題がないかというと、別に警察に捕まっても、「お布施」という名の賄賂を渡すことで大抵は見逃してくれるそうです。
日本でも原付の免許でさえもっていない僕でしたが、バイクに乗る未来はそう遠くはないかもしれません。
それでもお布施は出来れば払いたくないので、警察が交通道路で整備している所では、ある程度秩序が保たれているのですが、すべての信号機があるところや交差点に警察がいるわけではないでの、警察がいないところでは信号の色の意味することは全く異なったものとなります。
[警察がいる時]
赤 → 止まれ
黄色 → 無理に進むな、できるだけ止まれ
青 → 進め
です。これは日本と同じですね。
しかし警察がいない時のカオスの状態ではこれらの意味は変化します。
[警察がいない時]
赤 → ゆっくり注意しながら進め
黄色 → 急いで進め
青 → 進め
になります。
いつ止まんの!?
こういうワールドでは全然交通ルールが守られないので歩行者はなかなか横断することは出来ません(笑)
通るバイクがいなくなるのを待つしかないです。この前も横断歩道で道が開くのを待っていたんですが、信号機が3回往復して青になっても渡れませんでした。奴らを末代まで呪ってやりたいです。
ベトナム人は時間に厳守するという習慣が薄いくせに、信号を待つ時間は我慢できないんですね。謎です。
1人で飲むなんて寂しいだろ?
ベトナムではお酒を飲むときに乾杯するんですが、日本と違うのは乾杯は最初だけではないということです。
ベトナムは飲むときはみんなで一緒に飲みます。「一人で飲む」というのは一人で家で晩酌とかそういう意味ではないです。
飲み会の場で、お酒を口に運ぶ時は、みんなを誘ってみんなでお酒を口に運びます。
「一人で飲まれると、ちょっと寂しくなります。」と知り合いが日本語で言っていました。そしてみんなで飲むときに毎回乾杯をするので、一階の飲み会でベトナムで乾杯する回数はかなり多いです。
勝手に飲むと罰金と言ってました。
これは集団アル中になる能力を秘めている儀式ですね。大変危険だと思います。
でも、「みんなで一緒に幸せに、楽しい気持ちになる。」これが社会主義国家のあり方なんですかねぇ。
俺のモノはみんなのモノ
ベトナムでは商売の場合にはどんな手を使ってでも少しでも多くのお金を稼ごうとしますが、お金の貸し借りに関しては全く厳しくありません。
お金を貸すというよりは、あげるという感覚でお金の貸し借りをしているみたいですね。
これもみんなが幸せになればそれでいいという精神を作り上げた社会主義国家のあり方なんですねぇきっと。
お金以外でもそうです。例えばタバコ。先日知り合いと飲みに行ったんですが、その時僕は禁煙3日目に成功していたため、その飲み会の場でタバコを持参していませんでした。
その時は僕を入れて三人で飲みに行ったんですが、たばこを持っている一人が自分のタバコを机の上において「みんな自由に吸ってくれ」って感じでした。
俺のモノはみんなのモノ。みんなが幸せになれるのであればそれでいいんですね。素晴らしいです社会主義国家。
ベトナムが進展国になっても過労死する人は現れないってノストラダムスもそう予言すると思う
以前のベトナムの子供の多さについての記事でもベトナムの社会の情勢と今後のどうなるかという話を最後の方にちょっとだけ話したんですが、
もしベトナムが日本のような進展国になった時に日本人のように、残業する人が増えて、晩婚化が進んで、過労死する人が増えるという未来もあるのではないかという議論をしまいた。
その時に聞いたんですが、ベトナム人に人にしてみれば、残業する人は出てこないと思うと言っていました。同時に、近い将来日本と同じような進展国にならないと思うとも言ってました。
理由の一つに、ベトナム人は自分の幸せを第一に考えているかららしいです。
確かに日本はなんで過労になるまで残業したりして働くんでしょうね?幸せなんでしょうか?確かに頑張って働いて稼げば最終的には自分の幸せにつながるかもしれないけど、それで病気になったら元も子もないですよね。まぁこれだけが要因ではないでしょうけど。
まぁとにかくベトナム人は自分のこと大切にしようとしているってことですね。
なのでそんなに自分の人生を仕事に注ぐという価値観の人がベトナムにいないのであれば近い将来目覚ましい進展国にはならないだろうし、過労問題で悩まされることも無さそうですね。
働こうとしない理由に、女のベトナム人が男のベトナム人の人を束縛しているという見方もあるんですが、それはまた違う時の記事で書きますね。
くちゃらーの聖地ベトナム
ベトナム人は音をたててご飯を食べます。日本人にもたまにいますが、基本的には行儀が悪いとされますよね?
英才教育を受けた僕は口を開いてくちゃくちゃ音を立てながら食べるという文化は嗜(たしな)んでおりません。
なのでベトナム人の食べ方がいつも気になります。特に女の人が食べているとき。
以前一回ベトナムの友達に音を立てるのは気にならないのか、日本人は嫌うけど。という話をしたんですが気にならないといっていました。
じゃあ、わざとくちゃくちゃさせながら、口の中も見えるように食べている所を見せた後に、口を閉じて食べるのを見せてどっちがきれいか、どっちが気持ち悪く感じるか、というのをやってみて比較して考えてもらったんですが、普通に前者の方が汚いといっていました。
その価値観は同じなのに、なぜ習慣は違うのか、不思議です。
ベトナムでの生活は価値観の広がることだらけでした。ベトナムに滞在するのはあと7か月ほどですけど、まだまだ訳の分からない体験をこれからもありそうですね。